「3.11後の企業行動」に関する寄稿文



第12回   プロとしての誇りと使命感 社会と人を活かす第三の道

麗澤大学経済学部
教    授    高    巖

 2011年10月21日、スペイン皇太子賞の授賞式が催され、福島第1原発事故で作業にあたった自衛隊、警察、消防の部隊に「福島の英雄」として平和賞が贈られた。3月17日から20日にかけての彼らの決死の健闘に国中がエールを送り、多くの日本人がその勇姿に心を打たれた。その時の日本人の気持ちを、遠く離れたスペインが「平和賞」として形に表し、讃えてくれたわけだから、これに感謝しないわけにはいかない。
 翻ってみるに、あの時の感動は、いったいどこから来たのであろうか。確かに「放射能の恐怖に脅える私たち一人ひとり、家族、福島、東日本、日本を救ってくれたこと」に対する感動であったことは間違いない。ただ、それだけがすべてではなかったはずだ。少なくとももう1つ別の理由があったと私は感じている。それは「彼らがプロとして誇りをもって、責任を最後まで全うしたこと」にあると思っている。
 大雑把な分け方だが、社会とそこで活動する人のあり方に関し、これまで2つ近代思想が力を持ってきた。1つはリバタリアニズム。「各自が打算的に行動すれば、その自由を認めれば、すべてがうまくいく」という自由放任思想だ。他の1つは「各自は放っておけば勝手なことをやる、だから社会が力をもって管理する」という統制的な思想である。英雄たちの行動はこのいずれの思想をもってしても説明がつかなかった。
 打算的・個人主義的な人は「命を危険にさらしてまで、人様のために行動しようとはしない。打算主義者は便益と損失を天秤にかけ、損失が大きければ危険は冒さない。逆に独裁体制下にある社会では、上からの命令は絶対だ。そこに選択の余地はない。私たちが彼らに感動を覚えるのは、打算でも絶対服従でもなく、「これが自分たちにしかできない仕事」というプロとしての誇りと使命感をもって主体的に難局に立ち向かったことにある。福島第一原発で放水活動を終えた後のハイパーレスキュー隊冨岡豊彦総括隊長の「皆、士気が高く」「一生懸命やってくれた」との言葉は彼らのそうした姿勢をはっきりと表していた。
 これまで2つの対立軸で社会と人のあり方を考えてきた私たちであるが、福島の英雄たちは、誇りや使命感という美徳を大切にする「第三の道」があることを、また私たちがそれに深い感動を覚えるということをあらためて教え示してくれたような気がする。


                         掲載日:2011年10月26日





免責について                                                                                        

 本ウェブサイトによって提供する情報は、当該企業各社から入手した情報を原文のまま掲載しており、情報の真偽や正確性、完全性などを保証するものではありません。また、本ウェブサイトによって提供する情報は、情報提供のみを目的としており、証券投資等の勧誘を意図するものではなく、直接または間接的に投資を促したり、売買を促すものでもありません。本ウェブサイト上の情報に起因して利用者および第三者に損害が発生したとしても、当社は一切の責任を負いません。