「3.11後の企業行動」に関する寄稿文




第34回  「企業経営として『美の追求』を」

公益社団法人 日本マーケティング協会 理事長(代表理事)
・慶應義塾大学名誉教授
嶋口  充輝

   「美しい」というフレーズは、その対象が、人であれ、組織であれ、これまでどれほど多くの人々によって使われてきたことだろう。しかし、「価値の多様化」という美名のもとにブレ続ける現代、とりわけ企業経営のあるべき基本的価値軸としていまほど「美しさ」が強く求められている時代は無いと感じている。

   あるべき価値軸については、プラトンによって示された絶対的価値としての「真善美」がしばしば取り上げられる。この3つの価値については様々な解釈があるが、「真」は論理的に矛盾がないこと、「善」は倫理・道徳的に正しいこと、「美」は審美的に優れ、尊厳されること、とみてさほど大きな間違いはあるまい。

   企業経営の価値観に照らしてみると、高度成長時代までの絶対価値は「真の追求」が中心だった。論理的に矛盾の無いことは、合理性につながり、結果的に高い生産性と高収益をもたらしたからである。しかし、高度成長の結果、人々を豊かで幸せにしてくれるはずの財(goods)が多くの社会的弊害(bads)を生み出したとき、経営の中に「善」が強調され、倫理的、道徳的に正しいことを行うべき社会的責任論が大きく台頭する。今流にいえば、企業経営1.0は「真」を軸に、2.0は「善」を軸に進展した。しかし、近年は企業経営3.0として、「美の追求」が求められている。

   「美」とは、物理的な美しさもさることながら、「美しい日曜日」「スポーツの美技」「美味な料理」等で表現されるような幸せ感や卓越性である。渡辺和子さんが言うように、「美しい人」が、常に他への思いやりを軸に相手の幸せを希求し、結果的に自らも幸せになれる人だというなら、経営も、社会への思いやりを軸に人々の幸せに貢献できる企業こそが「美しく」「尊敬される」存在になる。

   故平山郁夫氏は言う。「美しいものには力がある、美しいものは盛んに生き、栄える。美しくないものは、たとえ一時的に目を奪っても、長く輝き続けることは出来ない」(『ぶれない』三笠書房)。美しい企業経営のために、人も組織も、いまこそ味わうべき言葉であろう。


掲載日:2013年7月29日



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