3・11後の企業行動に関する寄稿文

 

第5回  「震災後に相応しい正しいコンプライアンスのあり方」

弁護士・ニューヨーク州弁護士
増田  英次
専門  企業法務、コンプライアンス、金融

  多くの尊い命と財産が失われた東日本大震災の中で、我慢強さ、助け合う心やその行動、弱者へのいたわり等、日本及び日本人(特に被災された方々)の特質が世界から称賛されたことは記憶に新しい。我々は、未曾有の大災害を通じて、「権利義務が金科玉条となって、ヒエラルキーの組織の中で、与えられたことをマニュアル通りにだけこなす世界」とは対極の価値基準や生き方が、自然な形で日本(人)の中に今なお存在していたことを再認識することができた。つまり、人々の関係性や関係性の創造が重視され、相手の立場に立って、相手が潜在的に期待していることにまで気を配り、相手に不安や怒り、いら立ちではなく、安らぎと安心を、そして、さらに感動を与える行動を、多くの日本人や日本企業は、理屈ではなく、本能的に示したのである。

  しかし、一方で、このような特筆すべき生き方や価値基準から最も遠い世界が、実は企業社会の中に存在しているのもまた事実である。その世界とは何か?それは、「コンプライアンス」である。昨今は、コンプライアンスを単に「法令遵守」と捉えるのではなく、法令のみならず社会のルールや倫理を遵守することと捉える考え方が主流となっているが、多くの場合、この見方や理念は、「定義」の変更や「机上」のレベルに留まっており、依然、企業の本質的な行動にまで及んでいるとは思えない企業行動が少なからず散見されている。顧客重視もコンプライアンスもCSRも形だけ、口だけ、掛け声だけで、結局は、営業目標や予算と称する「ノルマ」を課したうえでの自らの「儲け」が優先され、また、ルールや規則の遵守も、顧客のためではなく、監督官庁のため、あるいは自らが定めたが故の、本質を捉えない盲目的な遵守に留まっていることが少なくない。そして、このような行動パターンに、何かおかしいとは薄々気付きつつも、それをあえて変えようとしない企業やビジネスパーソンは、依然「少数派」とは言い難いのである。

  何故、一人一人は、世界から称賛されるような特質を持ちながら、我々はそれをなかなか変えられないのか?本来はできるはずなのに・・・である。
  大多数の日本人は、今回の震災で生き方や自分のあり方を考えさせられた。私も、弁護士のとしてのあり方やビジネスの仕方を問い直すきっかけを得ることができた。多くの日本企業も、「一圓融合」の思想に共感し、新しい日本や企業の再構築に心血を注がれている。
  コンプライアンスを抜本的に改革し、本当に心豊かに、正しい利潤を上げることができる企業及びビジネスパーソンの誕生を目指す、唯一かつ最大のチャンスは今である。私自身この機会を活かしていきたいし、企業もこのチャンスを活かすことが喫緊の課題として望まれているのではないだろうか。

著者略歴
中央大学法学部、米コロンビア大学法科大学院卒。増田パートナーズ法律事務所代表弁護士。企業法務やコンプライアンス・コーポレートガバナンス、企業間紛争の解決を主な専門とし、上場会社等の監査役、コンプライアンス委員等も複数兼務。主な著書に「正しいことをする技術」(ダイヤモンド社)。

筆者への問合せ先
電話:03-5282-7611
URL:http://www.msd-law.com


掲載日:2011年9月13日



 

第4回  「危機管理の鍵は良好な社内コミュニケーション」

警察大学校教授
樋口  晴彦
専門  組織管理

あらためて言うまでもないが、東日本大震災によって被害を受けた地域は極めて広く、その被害状況も多様であった。サプライチェーンの途絶や消費活動の低迷という面まで含めれば、日本のありとあらゆる企業が被害者となったと言ってよい。
この未曽有の危機に対して、大抵の企業では、それまで用意していたBCP(Business Continuity Plan)があまり機能しなかったようだ。その反省を受けて、さらに精緻なBCPの作成に取り組んだ企業も多いことだろう。しかし、筆者に言わせれば、それは見当違いである。
これほどの自然災害となると、「風が吹けば桶屋が儲かる」の喩えのように、意外な方向から巡りめぐって影響が及んでくる。つまり、どのような被害が生じるか予測がつかなくて当たり前なのだ。それに対する備えとしては、基幹的な原材料について、あらかじめ調達先を分散したり、ストックを増やしたりするくらいが関の山である。後は、「出たとこ勝負」とならざるを得ない。
そもそも、危機のシナリオはあまりにもバリエーションが多く、そのすべてを網羅するなど出来るわけがない。BCPはあくまで目安程度のものにすぎず、むしろBCPを作成する過程で経営者やリスク管理担当者が『頭の体操』をすることに意味があると考えるべきだ。
今回の震災の教訓を踏まえて、『頭の体操』をやり直すのは結構なことだが、BCPの改訂作業は程々に留めておいたほうがよい。多大の費用と労力をかけてサプライチェーンを徹底調査しても、経済は生き物である以上、すぐに内容が陳腐化してしまう。例えば、下請企業が仕入先を変更しただけでも、プランに大穴が開くことになる。それよりも、社内コミュニケーションの活性化にエネルギーを注ぎ込むほうがよい。「出たとこ勝負」の局面で迅速に対応するには、現場からの活きの良い情報が不可欠であるからだ。特に、今回の震災のように影響が広範囲に及ぶと、本社だけでは事態を掌握しきれないため、現場が指示待ち姿勢だと何もかも後手にまわってしまう。しかし、普段やれていないことが、いざという時にできるはずがない。福島原発事故における東京電力のドタバタぶりが示すように、本社と現場の風通しが悪い企業は、非常時でもやっぱりそのままだ。良好な社内コミュニケーションは、日常業務の基本である。逆に言えば、日常業務がしっかりしている企業は、危機管理にも強いということだ。この当然すぎる事実を経営者は噛みしめるべきだろう。

著者略歴
84年東大経卒、94年米ダートマス大学MBA。警察大学校教授として危機管理・組織不祥事について研究。危機管理システム研究学会常任理事、失敗学会理事。『不祥事は財産だ』 (祥伝社刊)など著書多数。


掲載日:2011年9月8日



 

第3回  「思考停止型復興支援からの脱却を目指して」

新日本有限責任監査法人  パートナー
株式会社新日本サステナビリティ研究所  常務取締役
公認会計士
大久保  和孝

 東日本震災により私たちを取り巻く経営環境は大きく変化した。なかでも、震災を契機に、CSR活動を見直し、本格的な取り組みをはじめた企業も少なくない。かつてない大規模かつ長期に及ぶ復興支援と向き合うことで、これまでCSRを単なる社会貢献活動と位置付け、資金提供だけするという“思考停止型”からの脱却をはかり、中長期に渡って継続的に支援していく枠組み作りへと見直しが始まった。
 今回のような大規模災害の復興支援にあたってのカギは、企業やNPOが単独で行動するのではなくあらゆるステークホルダーとの連携を図ることと、被災地のニーズを的確に把握できる仕組み作りだ。被災地のニーズは、刻一刻と変化することから、“点”ではなく“面”として捉える工夫が必要だ。特定のNPOだけに資金供給するのではなく、資金の出し手側自らが的確にニーズを把握する努力が求められる。同時に、行政の動向も察知し、行政では十分な対応ができていないニーズに絞る。行政と重複してもあまり意味がない。そのうえで、企業理念やCSR方針を基本に、何故自社がそのニーズへの支援を行うのかを明確にしたストーリー作り(コト作り)が求められる。明確な理由のない寄付では一時的なものになりかねない。取り組みがストーリーとして明確になれば、従業員の納得感も得ることができ、持続的な取り組みに繋がる。復興支援を自社の経営理念の実践の場と位置づけることだ。そして、被災地のニーズに対応する手段の一つとしてNPOと連携をはかる。「どのNPOに資金を出すのか」や「資金を出してNPOにお任せ」ではなく、何の問題にどのNPOと手を組むのかを考え、どうすれば被災地のニーズの課題を解決できるのかを“とも”に考えることが真のパートナーシップ(協働)である。そして、重要なことは、被災地の課題解決には、イノベーション的発想が求められることだ。従来からの考え方ではなく、発想を転換するためにも、常に新しい視点での新しい発想で課題解決しなければならないことだ。
 こうした震災復興支援を通じて得られた経験は、企業のCSR活動への取組みを企業価値に繋げるとともに、今後のインドや中東などの海外展開においても必ず活かされる。

掲載日:2011年9月7日



 

第2回  「分水嶺に立たされた日本」

インテグレックス取締役
国連環境計画・金融イニシアテイブ
特別顧問  末吉  竹二郎

 東日本大震災は日本の良さも悪さも容赦なく曝け出した。世界の流れに乗り遅れた日本の無残な姿も曝け出した。その日本がこの先どう転んでいくのか。一歩誤ると日本は奈落の底に落ちてゆく。一方、知恵ある選択をすれば日はまた昇る。3.11の出来事は日本という国を分水嶺に立たしたのである。日本がその歴史的選択を誤らないためには日本企業の行動はどうあるべきか。

 思い返してもみよう、3・11以前の日本を。敗戦の灰塵から奇跡的発展を成し遂げた日本であったが、いつしか、「成長神話」に蝕まれ、問題の解決ができない国になってしまった。いや、解決どころか、問題の所在さえ掴めない、いや、掴もうとしない無力感と新たな動きを封じる閉塞感に苛まれていた。

 一方、世界はと言えば、地球温暖化が一層その深刻さを増し、生物多様性は劣化破壊され続け、自然資源や水の枯渇が進み、一方では、貧富の格差は拡大するばかり。そんな危機的状況に直面し、さすがの世界も動き出していた。経済の面から言えば、世に言う「環境革命」が始まり、国や都市、企業や消費者などがグリーン経済へのギアチェンジを始めていた。無論、その流れは3・11以降も強まりこそすれ弱まることはない。

 もう一つ、重要な変化がある。それはこの大震災が齎した日本人の価値観の揺らぎである。多くの日本人が「経済成長のために何か大切なものを壊してしまったのでは」、「早く豊かになる陰で自然を破壊し破壊し続けてきたのでは」と悔いを感じ始めていた。その悔いはやがて多くの市民や若者を中心にその揺らぎの先に21世紀に相応しい「新たな価値観」を見出す模索へと続くのである。

 これが3・11後の日本の置かれた情勢である。とすれば、これからの日本を考える時「世界の中の日本」という視点が一層重要になってくる。なぜならば、復興と新生日本の創設という作業が「日本の日本による日本のため」に終わってしまったのでは世界の問題解決は覚束ないし、第一、復興そのものが21世紀の日本にとって意味あるものになるとは思えないからである。

 日本が地球社会の一員として世界の問題解決に積極的に責任を果たす中で自らの再生の道を見出していくのか。それとも、世界に背を向けて孤立していくのか。岐路に立たされた日本。その日本をどこへ導いていこうとするのか。3・11以降の日本企業に課せられた責任は重い。

掲載日:2011年8月30日



 

第1回  「3・11後の新しい流れ」

インテグレックス取締役
平田  雅彦
(元パナソニック副社長)
専門  企業倫理

「このたびの震災でわが社の社員を見直しました」「わが社の経営理念は生きていました」東日本大震災後、このような言葉をしばしば耳にした。
「最近の若ものは・・」と云っていた人たちが、救援ボランティアを競って志望する若者の勢いが止まらぬ現状に、新しい日本を感じている。
今回の大震災をきっかけに、その復興支援のため、学生、企業人、芸術家、一般市民が立ちあがっている。その力強さに、日本という国の新しい求心力を感じた人は多いのではないか。
戦後の日本は、敗戦のどん底から立ち上がり、「先進国に追いつく」ことを目標に一途に走ってきた。その結果、世界第二の経済大国になり、物質的には恵まれた国になった。しかしその反面、豊かさに慣れた人々の生活の「ものさし」は、「もの」と「かね」が中心になり、自分本位の考え方をする人が多くなった。
古来、日本人はお天道様を見て己を律し、相手に対しては共生の心をもって接してきた。
江戸時代、二宮尊徳は荒地を次々に豊かな田園に還すという偉業を残したが、彼の数々の成功の源には、体験に基づく独自の人生哲学があった。彼はそれを「三才報徳金毛録」という円グラフを取り入れた僅か二十頁くらいの冊子にまとめている。
その要約がインテグレックスの「一円融合」の思想である。
世の中に対立は必ずある。しかしそれは一つの円の中の現象であり、時の経過の中で、相互に働きかけあって、究極、融合に進む。それが大自然の法則だという。正が反を呼び、反が正を呼ぶというのである。
「危機はチャンスである」よく聞く言葉だ。明治維新、昭和の敗戦、オイル・ショック、われわれの先輩たちは、見事に危機をチャンスにして今日の繁栄をもたらしてくれた。長い間混迷を続けてきた日本の方向も、3・11の震災を受けて、反が正を呼ぶ時代にはいったのではないか。
危機をチャンスにできるか否かは、この新しい流れをものに出来るかどうかにかかっている。

掲載日:2011年8月25日




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